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森武七墓碑

森武七は、天保7年(1836)、郡内の農民により端を発し、甲斐一国規模の農民一揆となった天保騒動の中心的人物である。
武七は天保7年8月、郡内の農民たちが国中の米穀商と交渉に行く時に頭取に選ばれ、農民を率いて笹子峠を越えたが、人数が増えて暴徒と化し頭取の指揮に従わなくなった一揆勢に見切りをつけ、途中で引き返した。その後、武七は罪をかぶって役人のもとに出頭し、同年11月16日、石和牢舎に送られて同日牢死している。
墓石は、高さ98cm、幅65cm、厚さ35cmの自然石で、「的翁了端信士、天保七中十一月十六日」と彫られている。

指定年月日昭和44年8月8日
住所七保町下和田529-2
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