星野屋住宅は旧甲州街道の宿場町だった下花咲の本陣である。江戸時代には名主や問屋などをつとめ、明治13年には天皇が巡幸の際休息されたこともあった。
主家と籾蔵および味噌蔵、文庫蔵の三棟と家相図(嘉永五年歳次壬子秋八月吉日作成)一枚が指定されている。
宅地の面積は、1586.77㎡で敷地内の厩及び板塀も含まれている。
「岩国の錦帯橋」「木曽の棧(かけはし)」と並ぶ日本三奇橋のひとつで、広重の「甲陽猿橋之図」や十返舎一九の「諸国道中金之草鞋」などにその珍しい構造が描かれています。
長さ30メートルあまりのさして大きくない木橋ですが、谷が深く、当時の技術では橋脚を建てることが困難であったため、両岸から張り出した四層のはね木によって橋を支えています。
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